2025年6月、サイボウズはプロバスケットボールチーム「愛媛オレンジバイキングス」(愛称:バイクス)の運営に参画することを決めました。
10月に開幕したB2リーグで好調なスタートを切っているバイクス。しかし昨シーズンは「5勝55敗」という年間成績で最下位に沈み、運営会社である株式会社エヒメスポーツエンターテイメント専務取締役の藤田秀彰さんは「閉塞感や頭打ち感に支配されていた」と打ち明けます。
なぜIT企業のサイボウズが成績不振に苦しむバスケチームの経営に乗り出したのか?
バイクスの副社長に就任して組織運営に取り組む中根弓佳(サイボウズ 執行役員 人事本部長)は、「“まち全体をひとつのチームにして愛媛を盛り上げたい”という思いが一致した」と背景を語ります。
バイクスとサイボウズの協業はどんな未来につながっていくのでしょうか。奮闘が続く現場の裏側に、サイボウズ式編集部いちばんのスポーツ通・高橋団が迫りました。
「頑張ってもどうせここまで」。チームを支配していた閉塞感
藤田さんから見て、中根さんが入ったことでクラブはどのように変化していますか?
これはもう明らかなんですけど、希望が生まれました。
昨シーズン、僕たちは「5勝55敗」という、とても苦い結果に終わってしまいました。
藤田秀彰(ふじた・ひであき)。株式会社エヒメスポーツエンターテイメント専務取締役。フロントとして、集客やスポンサー探しなど、クラブをビジネス面から支える。
いままでは閉塞感というか、チーム成績の面でも資金面でも、「どんなに頑張ってもこのクラブだったらここまでしか行けないだろうな」という、頭打ち感のようなものがあったんです。
中根さんがバイクスの業務に合流したのはいつごろですか?
実際に仕事を始めたのは7月1日です。まずは運営のみんなでキックオフをしましたね。
中根弓佳(なかね・ゆみか)。サイボウズ株式会社 執行役員人事本部長。バイクス副社長として、バイクスの組織づくりや財務といった経営管理を担う。
チームビルディングの一環として、全員に「なぜ自分がバイクスにいるのか」「バイクスを通じてどんなことを成し遂げたいと思っているのか」を話していただいたんですよ。
僕も聞いたことのない話がたくさんありました。
「この人はそんなふうに思っていたんだ」とか「そういう目標があったんだ」と気づいて、本当に熱い思いを持つ人たちが集まるクラブなんだと実感しました。
それまでは、同じチームで働いていても本音の部分は言えていなかったのかもしれません。
10年後、20年後にバイクスははたしてどうなっているのか。そのときまでみんなのモチベーションを保てるのか。僕自身も大きな不安を抱えていました。
閉塞感があると、なかなか前向きな発言ができないですよね。
はい。未来のことを話そうとしても、「誰がやるんですか?」「そもそもお金がないじゃないですか」と、できない理由を探す会話になってしまっていました。
そうした状況が、サイボウズとの協業が始まってからは一気に開けたと感じます。みんなの顔つきが本当に変わりましたね。
「5勝55敗」の衝撃を乗り越えるために
協業前のバイクスの課題について、もうすこし詳しく聞かせてください。これまでは集客面での苦戦もあったそうですね。
はい。プロスポーツチームとしてお客さまに注目してもらうためには、まずチームが勝つことが第一だと思っています。
でも昨年の僕たちは、「60試合やって5勝しかできないチーム」でした。
愛媛のブースター(ファン)の方々は優しいので、試合に負けても「楽しかったよ」と言ってくださるんです。でも、このままの状態でいいはずがない。
まずはみなさんに勝利を届けて、「勝ってよかったね!」と口コミで熱量が広がるような状況をつくらなければいけないと思っています。
試合を観戦したくなる理由として、会場演出も重要ですよね。このあたりは、どう組み立てていきますか?
中根さんからは、「興行演出を強化してください」というオーダーも早い段階でありましたね。
バイクスの収益を分析すると、スポンサー収入の比率が非常に高く、チケット収入とグッズ収入が非常に低いという課題があるんです。
ファンベースを十分につくれていないということですか?
はい。バイクスはもっと、自分でお金を出して「この場に行きたい」「この空間を共有したい」と思ってくれるお客さまを増やさなければいけないと感じました。
試合は勝敗がコントロールしづらいですが、興行演出は自分たちでコントロールできます。お客さまが「また来たい」と思えるように体験価値を向上させ、最終的にはチケット収入比率を高めていきたいですね。
サイボウズとの協業開始でフロント運営を強化
バイクスとサイボウズの協業を強化するうえで、どのように役割分担をしているのかも知りたいです。
藤田さんは「バスケチームの専務」として、どんな仕事をしているんですか?
クラブは「チーム」と「フロント」の2つがあって成り立ちます。僕は経営陣として経営に携わりながら、フロント側の運営全体の責任者を務めています。
集客強化やスポンサー獲得など、ビジネス面からクラブを支える業務を担っています。
一方、チームのほうはGM(ゼネラルマネージャー)を筆頭にヘッドコーチなどが取り仕切り、トレーニングをはじめとした試合に勝つための準備を進めています。
中根さんはバイクスの副社長として、どんな役割を担っているんでしょうか?
藤田さんから引き継ぎを受けながら、バイクス全体の経営管理を見ています。
これからバイクスを発展させるうえで特に重要となるのは、事業戦略策定やマーケティング。ここは過去に他クラブでの経験を持つ藤田さんに注力していただき、私は組織づくりや財務の部分を強化していきたいと考えています。
情報共有の仕組みを回し、能動的にデータを取りに行く
中根さんはいま、組織づくりでどんなことに取り組んでいるんですか?
情報共有の仕組みを充実させるためにkintoneを活用し、誰がどんな役割を持ち、どんなコミュニケーションが行われているかを可視化する場をつくっています。
kintoneを違う組織に導入してみて、難しさはありましたか?
想定していたよりもスムーズに進みましたね。
サイボウズのメンバーがバイクス向けにツール活用の勉強会を開いてくれたんですが、「教える前からすでに中級レベルですよ」と言っていました(笑)
ただ、スポーツの現場では、役割によっては情報の入力が難しいなと感じることがあるんですよ。
選手と運営側では、情報を入力する行為の優先度が異なることもあります。
たとえば、トレーニングや試合のあとで疲れている選手に「今日の体調を入力してね」とお願いしても、なかなか対応してもらえないこともあります。
選手が入力してくれる前提ではなく、運営側がどうやってデータを取得しにいくかを考えないといけない。そこは今後の課題ですね。
IT企業にいると、なかなかわからない文化の違いですね……!
「どベンチャー」のスピード感や気づきをサイボウズに持ち込みたい
中根さんは、バイクスの組織をどのように見ているんですか?
まず感じたのは、かつてのサイボウズのような「どベンチャー」感ですね。
サイボウズは1000人を超える規模となり、ひとつのことをやるのにも多様な意見を取りまとめて進めるので、どうしてもスピードが遅くなっている部分があります。また、一人ひとりの役割が狭く深くなっている面もあります。
それに比べてバイクスは、私がサイボウズに入社した2001年、まだ社員数50人ほどだったころのような「どベンチャー」感にあふれているんですよ。
「これは誰の仕事?」なんて言っている暇はなく、ひとりが何役もこなし、組織づくりも事業も同時に走らせています。
サイボウズからインターンシップとか、できるといいですよね。
やりたいですね。
このスピード感や、ひとりで何役もこなすことで得られる気づきは、サイボウズにもう一度持ち込みたいよさだと感じます。
バイクスのベンチャー感というのは、必然的な部分もあるんだと思います。外部の人からびっくりされるくらい、少人数で運営していますから。
僕が合流した2年前は社員が6人しかいませんでした。いまは13人になりましたが、これでもサイボウズの100分の1ですね。
ただ、以前は誰がどの業務をやっているかも分からないブラックボックスだらけの状態でした。当時の僕は「まずふつうの会社にしなければ」と考えていました。
いわゆる「やる気搾取」のような状態だったと思います。スポーツビジネスに携わりたいという熱意のある人たちが、時間も報酬も関係なく働いていました。
Bリーグの規定にしたがって運営をしているので、試合自体は開催できるものの、会社として成立しているかというと厳しい状況でしたね。
この2年間で、藤田さんが会社らしくしていったんですね。
そうですね。就業規則をつくり、勤怠管理を適正化し、職務分掌をつくるといった、ふつうのことに取り組んできたんです。
徐々にではありますが、やりがいと働きやすさを両立できる会社に近づいてきたと思います。
まちをひとつのチームにして、未来のあるスポーツ業界をつくる
バイクスとサイボウズの協業は、これからどうなっていくんでしょうか?
私は「まちをひとつのチームにする」ことに本気で取り組んでいきます。チームになったまちは、とても強くなれると思っています。
まさに(笑)
「こんなまちになったらいいね」という理想を共有し、スポーツのバイクス、ITのサイボウズというそれぞれの得意分野を生かす。そんな取り組みを通じて、まちに住む人々の幸福感や、愛媛全体の価値を高めていきたいんです。愛媛はとてもポテンシャルがある場所だと感じています。
僕はバイクスとサイボウズの協業を通じて、未来のあるスポーツ業界をつくっていきたいですね。
子どもたちが夢を持ってバスケ選手を目指したり、応援したり、あるいは愛媛に残ってバスケで仕事ができたり。それらが継続していく社会を実現するために、僕たちがひとつの役割を担っていくことが目標です。
みんながバスケを愛し続けられるまち。これが実現したら最高ですね。
はい。サイボウズが描く大きな「まちづくり」の構想の中で、スポーツ領域のモデルケースをともに実現していけたらと思っています。
執筆:多田慎介 企画・編集:神保麻希(サイボウズ) 撮影:高橋団
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