パソコンを開けばWordやExcel、GoogleのさまざまなサービスやMicrosoft Azure、Amazon Web Services──。気がつけば、日々使うツールの多くは国産のIT製品ではなく、海外製品が占めています。
そこには単なる「機能差」だけではない、国産のIT製品が選ばれない「構造」があるようです。
では、日本のITがもっと活用される未来を目指すために、なにができるのか?
かつてマイクロソフトでWordの日本語版開発に関わっていた、サイボウズ災害支援チーム リーダー 柴田哲史と、元公務員で行政のIT調達の現場を見つめてきたサイボウズ ソーシャルデザインラボの今井俊博が、日本のITを取り巻く構造とこれからの可能性について語りあいました。
「国産」の選択肢がなければ、選びようがない。行政のIT調達で起きていること
いま、日本のIT製品は元気がないように感じているんです。気づいたら身のまわりのツールは、海外製品ばかりで。
今井 俊博(いまい・としひろ)。サイボウズ ソーシャルデザインラボ ソーシャルマーケティングチーム所属。公務員として行政のIT調達の現場に長く携わったのち、サイボウズに入社。現在はNPOや官庁などのkintone活用支援に加え、政府のクラウド調達に関わるISMAP認証制度の普及推進に携わる
僕も同じ感覚がありますね。今井さんはどんな場面で、そう感じたんですか?
私はもともと公務員として行政のIT調達に長く関わってきました。
行政のIT調達には、製品が「ISMAP」(※1)というセキュリティ評価制度に登録されているかをチェックする必要があります。この認証リストの約半数は海外製品なんです。
また、現在認証されている日本製品の多くは、特定の業務向けの製品が中心で、オフィス製品をはじめ、日常的によく使う製品が少ないのが現状です。
※1:ISMAP(イスマップ):政府が求めるセキュリティ基準を満たしたクラウドサービスをあらかじめ評価・登録する制度。政府が調達する際、登録済みサービスであればセキュリティ審査の一部を省略できるため、安全性を担保しつつ導入手続きの負担を軽減することができる。サイボウズのkintoneやクラウド版 GaroonはISMAPを取得している
さらに、ISMAPの認証を取得するには、準備期間を含めて年単位の時間と膨大なコストがかかります。高いセキュリティ水準を維持する体制を整え、外部の専門家による厳しいチェックを受ける必要があり、これには毎年数千万円がかかります。チェック項目は1000個を超えるものも。
それに耐えられるのは体力のある外資系を中心とする大企業で、結果的に国内の中小ベンダーは参入しづらいんです。
その結果、調達側の選択肢が海外製品に偏っていくわけですね。
そうなんです。ただ、調達する側としては、同じ機能であれば国内製品を使いたいという思いもありました。データ主権(※2)の観点からも、国内企業のソフトウェアを選びたいんです。とはいえ、そもそも選択肢がなければ選びようがありません……。
※2 データ主権:データが生成・保存された国や地域の法律・規制が、そのデータに対して適用されるという原則
日本製品の技術力自体は決して劣っていませんが、資本やマーケティングの面で遅れを取ってしまう可能性がありますよね。
サイボウズが生き残っているのは「日本人が使いやすかったから」
資本力以外で戦うためのヒントとして、「いかに、日本人の使い方や働き方に寄り添うか」があると思っています。
柴田 哲史(しばた・さとし)。サイボウズ災害支援チーム リーダー。サイボウズではkintoneのUIやデザイン改善に携わるなか、東日本大震災をきっかけに災害現場のIT支援に関わる。2020年よりサイボウズ災害支援プログラムの立ち上げを推進。前職はマイクロソフト。日本向けのWordやExcelなどの開発に携わった
たとえば、僕は1994年頃から、マイクロソフトでWordを日本市場に広める開発に携わっていたのですが、その立場から見てもサイボウズは無視できない存在でしたね。
サイボウズ製品は、日本特有の細やかなニーズや感覚を捉え、ユーザーの心をつかむことでシェアを伸ばしていきました。
マイクロソフトも対抗製品を開発したんですけど、それでもサイボウズのほうが日本人の働き方に深く寄り添っていたんです。だからこそ、いまも生き残っているのだと思います。
そのお話を聞いて、公務員だったころ、日本製品と海外製品の「使いやすさの違い」を実感していたことを思い出しました。日本製品には、「漢字の変換」や「罫線の扱い」など、日本の文化に合った「かゆいところに手が届く」感覚があったんですよね。
一方で海外製品は、「仕組みは用意しているので、あとは使いこなしてください」と求められているように感じるものもありました。これだとユーザー側がソフトに歩み寄り、努力して使いこなす必要がある。
その違いから、最終的には日本製品を選びました。やはり、多くの日本人が直感的に使いやすいものをつくることが重要なのかもしれません。
Wordも日本のユーザーにとことん向きあった
そういえば1990年代には、国産ソフトウェアの「一太郎」(※3)が国内トップシェアを占めていましたよね。いつのまにか、Wordに置き換わっていましたが……。
※3 一太郎:株式会社ジャストシステムの製品で、日本語文書の作成に特化した、国産ワープロソフトウェア
そのシェアを奪うために、マイクロソフトでも日本人向けの開発を徹底したんですよ。Wordが一太郎に劣勢だったため、本社からも「日本人のニーズを徹底的に調べて反映せよ」という指示が出ていたんです。
そこで調布市に新設したユーザビリティラボでテストを重ね、UIを改善しました。とくに一太郎の強みだった公文書作成を分析するため、約2000枚収集し、Wordで再現して弱点を洗い出しました。
罫線や縦書き機能など日本仕様の製品力強化と、Excelとのセット販売やPCへのプリインストール戦略などマーケティング戦略などの取り組みを経て、「Word 98」で一太郎を逆転したんです。
そんな裏話があったんですか……! Wordがシェアを伸ばしたのは、日本人のニーズに徹底的に向きあった結果だったんですね。
やはり、その地域の人に合うようにつくることが欠かせませんね。
ええ。僕が取り組んでいる災害支援の現場では、社会福祉協議会のみなさんにkintoneを使ってもらっていますが、デフォルトのままではなく、誰でもすぐに使えるようカスタマイズしています。
kintoneをつかった災害ボランティアセンター運営支援システム。
まず活用するシーンを見極める。そして、触れてから、“最初の1分”で「便利だな」と実感してもらうことが重要です。こうした工夫を、それぞれの場所にあわせて積み重ねていく必要があります。
資本力だけじゃなく、「使いやすさ」でも国産のIT製品は十分に戦える可能性があるということですね。
官民連携で制度をつくりあげていく
日本のIT調達をこれからどう見直していくべきか、柴田さんのお考えを伺いたいです。
これまで開発の現場に長く携わってきた立場としては、使う人に愛され、感動してもらえる「よいサービス」をつくれば、必然的に選ばれていくと考えています。
そのため、Wordやkintoneの開発では、その国で暮らすユーザーを徹底的に観察し、改善を重ねてきました。また、使う人の感性にあう、シンプルで愛されるデザインも追求してきたんです。
まずは、よいサービスをつくることが出発点になるわけですね。
そのとおりです。ただ、どれだけ優れたサービスでも、価値が伝わらなければ広がりません。だからこそ、価値を届ける役割にも力を入れる必要があります。
たとえば「国産野菜」に安心感や高品質のイメージがあるように、日本製のITにも同様の価値を感じてもらえるよう、ブランディングで印象を築いていく。その役割を担う広報やマーケティングなどを、製品開発と並行して取り組むことが重要だと思います。
今井さんは、どのように見直していくべきだと考えますか?
政府はデジタル産業にお金を出すだけじゃなくて、ISMAPのような「どういう基準なら安全か」「どうやってサービスを選ぶか」というルールを決める段階から、国内企業と協力することが重要だと思います。
ISMAPへの登録には、相応のコストと時間が掛かります。そのため、中小企業では登録が難しい場合があります。その結果、登録されている多くの製品が、資本力がある外資系サービスになっていて、結果として選ばれる状況になっている。
この構造を見直すには、もっと国内企業がISMAPに登録しやすいよう、制度づくりに積極的に参加し、国内企業が成長できる仕組みにしていくことが必要だと思っています。
世界中で受け入れられる、国産IT製品を目指して
企業側も国内向けに閉じず、最初からグローバル展開を見据えたサービス開発をすることも大事だなと。言語対応ひとつとっても、最初から多言語・多文化を想定してつくるのと、成長フェーズに入ったあとに追加するのとでは、開発の難易度もコストも大きく変わりますから。
世界に受け入れられる企業は、戦い方がそもそも違うんですね。
アメリカ企業は、国内市場で競争する段階からすでに世界で通用する設計を採用しています。だからこそ、国内で生き残ったプロダクトは、そのままグローバルでも通用する形で広がっていくんです。
では、世界を見据えた日本製品を実現するためには、どうすればいいと思いますか?
外資系企業のように、人材を多国籍で構成すれば、発想や設計も、それぞれの文化を反映していくはずです。できるだけ早い段階から世界を意識した経験を積むことも大事なんじゃないかなと。
確かにそうですね。僕、実は、IT調達の現場を長年見ていて「国産ITはもうダメなのかも……」ってちょっと悲観的になっていたんですよ。
でも、オリンピックの出場選手や、野球のメジャーリーガーの活躍を見て、「日本人、やるじゃん!」って勇気が出てきて。
実際、ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平さんのように、世界を見据えて経験を積んできた日本人選手が世界で結果を出しています。
スポーツで実現できているのであれば、ITでも同じことができるはずと希望が湧いてきますよね。
そう! できることをひとつずつ積み重ねていけば、数年後、数十年後には、まったく違う景色が広がっているかもしれません。
企画:竹内義晴(サイボウズ) 執筆:流石香織 撮影:栃久保誠 編集:モリヤワオン(ノオト)
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