8月3日に「ゆるコンピュータ科学ラジオ」で公開された動画「世界を救うSNSを見つけました。」コメント数が970件を超えるなど大きな反響を呼んでいます。
サイボウズ式ブックスより刊行された『PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来』のプロモーションとして公開されたこの動画で「世界を救うSNS」として紹介されたのはPolis(ポリス)。最近過激なコメントが目立つXなどのSNSとは異なり、合意点を可視化できるツールです。
さっそく編集部でも議題を作成してみたところ、意外な発見が……。
今回は実際に使ってわかった、Polisの特徴や使い方のコツをご紹介。サイボウズ式編集部の山本と高橋と、『PLURALITY』の出版にも関わったサイボウズ・ラボ エンジニア 西尾 泰和(にしお ひろかず)の3人でお話します。
“世界を救うSNS”への反響がすごい
「ゆるコンピュータ科学ラジオ」さんで公開された『PLURALITY』のタイアップ動画、反響がすごいですね!
動画を視聴していただくと、この記事をより楽しめます
堀元さんの解説がわかりやすくて感動しました。
YouTubeのコメントは900件以上と、2025年8月現在「ゆるコンピュータ科学ラジオ」史上2番目に多いそうです。
動画で「世界を救うSNS」として紹介されていたPolisに興味を持った人が多かったようです。
ただ、実際にアカウントを作った方からはこんなつぶやきが……。
ログインしてみたけど真っ白で何も表示されない……
「どんな議題があるのかな?」とログインしても何も表示されず、拍子抜けしますよね(笑)。
議題を立てた人からURLを教えてもらって、初めて議論に参加できるんですよね。
Polisには、既存のSNSのような「なるべく長くサービスに滞在させる」しくみが一つもなくて。最初は全然おもしろくないです(笑)。
議論のためにここに来て、回答だけして、すぐ帰る……という設計思想を感じます。
Polisは SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)としての性質は薄いです。
XやFacebookなどのように、不特定多数の人と出会ったり、つながったりすることを目的としていません。
あくまで意見を収集したり可視化したりするためのツールなんです。
でも、せっかく多くの方が興味を持ってくださったので、今回は編集部で議題を立ててみました!
実際にPolis使ってみた感想や気づきを3人で話していきたいと思います。
編集部で立てた2つの議題
入湯税についてどう思いますか?
リモートワークと出社、どちらがいいと思いますか?
使いはじめるハードルは高め
僕は動画で話題にあがっていた入湯税の議題を立てたんですが、最初は戸惑いましたね。
まず、全部英語。
Polisの設定画面。英語に慣れていないと「うっ......」となりそう
管理画面の用語も独特で「コンフィグ?」「シードコメント」……? と何を書けばいいのかわかりませんでした。
使い方が解説されているnoteを見たり、ブラウザの翻訳機能を使ったりして乗り越えました。
シードコメントは最初に表示される質問のことでした。
正確なグルーピングのためには、ある程度の数を出さないといけないらしいのですが、いい問いを立てられているか心配でした。
わかります。わたしも「リモートワークと出社はどちらがいいか?」の議題を立てる時に、質問はこれでいいのか? 偏ってないか? と不安でした。
西尾さん、シードコメントを作るコツってあるんでしょうか?
AIの助けを借りるのは、実はよい方法です。
一人で考えていると、どうしても視点が偏ってしまいますから、多様な人の発言を読んで育ったAIの視点はとても助けになります。
元の議論がすでにあるなら、内容を全部AIに入れて「この議論を参考にして、中立な立場で、賛成反対が投票できるような質問を30個作ってください」などのプロンプトを入れるのもよいと思います。
その手があった!
なんとか議題を立てられたので、恐る恐る、まずは社内にURLを共有しました。
回答が集まるまではつまらない……
7人以上が投票しないとグルーピングの図や意見が表示されないので。ここを乗り越えないといけないんです。
だんだん回答が集まってくると、おもしろくなってきましたね。
はい。とくにXでURLを公開してからは、一気に回答者が増えておもしろくなりました。
どちらも600人以上*の方が回答してくださっています。*2025年8月15日時点
600人はすごいですね! たくさんの人が回答しているほど、説得力のあるデータになります。
そうなんです。ここが画期的でした。
シードコメントを作成するとき、入湯税の論点を網羅できているか不安でした。でも、足りない論点をほかの回答者が追加してくれたんです。最初は不完全でもいいんですね。
モデレーターは回答者からの追加質問を確認し、不要な質問は非表示できる。「Unmoderated」は確認前、「Accepted」はモデレーター確認済み、「Rejected」はモデレーターが非表示にした質問
回答結果のレポートを見ると「意外な気づき」が
それぞれの議題の結果を見てみましょうか。まず入湯税のレポートから。
多くの支持を得た意見の一覧。回答者はAとBのグループに分かれたが、「温泉地の活性化につながるなら、150円程度の負担は安い」「施設利用料と別会計なのが面倒」などの意見は両方のグループから支持されている
どちらのグループからも支持されてる意見を見ると、入湯税を払うことは問題ではなく、支払い方法が面倒なんだな、とわかります。
これが見えないまま議論すると「150円ぐらい支払えよ」みたいな言い合いになりそうですが、「この点は合意できている」と可視化されたのはいいなと。
加えて、入湯税の使い道を気にしている人が結構多いことがわかり、これは新しい論点を得られました。
「金額が少なくても、透明性が低いので払いたくない」というのは重要なインサイトですよね。
回答者はAとBのグループに分かれたが、「リモートワークは多様な人が働ける」「体調が悪い時に出社はつらい」「移動によるストレスが軽減される」などの意見は両方のグループから支持されている
ざっくり、出社推進派(Aグループ)とリモート推進派(Bグループ)の2つに分かれています。
でもメジャーな意見を見ると、「育児や介護と両立しやすい」とか「多様な人が働ける」などの、リモートワークのメリットは両グループとも理解していることがわかりました。
去年の12月ごろ、いくつかの企業が出社を義務化するニュースが流れたのをきっかけに、リモートワークを続けるべきか? の議論が起きていました。
出社回帰かリモート継続か。どちらか選ばなければいけないんですか?——サイボウズ青野慶久×恩田志保
そのとき「リモートにはこんないいところがある!」と主張するコメントもありましたが、実はそれは出社派の人たちもわかっていた……ということになります。
両方のグループからすでに賛同を得ているなら「その話はもういいから次の議論しましょう」と言えますね。
Polisは意外な気づきが得られるのがいいですよね。
例えばAグループとBグループが争っていると思っていたら、実は3つ目のCグループがいたとか。
分断されて、バチバチ戦ってると思ってたけど、ある意見に関しては両方賛成してることがわかるとか。見えていなかったポイントに気づけます。
「自分の考えの立ち位置」を知ることができるのも興味深かったです。
例えば、自分はリモートワーク推進派だと思っていたんですが、周りとの相対的な位置で見てみると、意外と出社寄りだった、という発見があったりしました。
リモートワーク議題のグルーピング結果。アイコンの位置を見ると、高橋がBグループ(リモート推進派)の中でも中立寄りに位置していることがわかる
モデレーターの負荷は大きい
ちょっと難しいのは、Polisはグループ分けはしてくれるけどそれぞれのグループがどういう性質なのかは教えてくれない点です。
そこは人間がやらないといけない。モデレーターには言語化スキルが必要だと感じました。
グループの傾向を分析して、新たな論点を追加するところまで、AIにやってほしいなあ……(笑)
PolisはChatGPTよりも10数年前にできた技術なので、 今のAIで使われているLLM(大規模言語モデル)が入ってないんです。そのため、言語の意味に踏み込んだ処理はしていません。
回答結果から「賛成と反対の差が大きいか、大きくないか」を統計的にグルーピングしています。
とくに入湯税はグループの解釈が難しかったです。なんとなくAとBが違うのはわかるのですが、言語化できなくて。
レポート結果をChatGPTなどに入れて、要約を作るとわかりやすいです。分析用のプロンプトを公開してあるので、使ってみてください。
数秒で【グループA】透明性重視・税簡素化派 、【グループB】温泉地支援賛成派と出してくれました。とても楽だ......。
台湾のUber合法化の議論でPolisを使った時も「モデレーターが大変だった」という話はあって。実は言語処理を追加したPolis2.0が開発されているようです。
あるいは、Polisに言語処理機能を追加したサービスを独自に開発することもできます。
2024年の衆議院議員選挙のとき、JAPAN CHOICEさんからリリースされた「世論地図」というサービスがあります。質問に答えていくと、各政党と自分の立ち位置が可視化されるのですが、これはPolisをベースに開発されました。
AIが各グループの説明する機能はPolisにはないので、わたしが追加で開発したのですが、先程ご紹介したChatGPTのプロンプトが使われています。
なるほど。オープンソース(※)だから、Polisをベースに、新規のサービスを開発することもできるんですね。
※ Open Source Software(オープンソースソフトウェア)。ソースコードが公開されており、誰でも利用、改変、再配布できるソフトウェアのこと。
Polisを使う前後の段取りが重要
回答者の属性がわからない問題もありますね。
今回の回答してくださった方は、「ゆるコンピュータ科学ラジオ」さんの視聴者や、サイボウズ式の読者に偏っていそうです。
リモートワークの議題では、途中で「回答者がマネージャーかどうか」を問う質問が追加されていて、なるほどと思いました。
途中で「あなたは管理職である」の質問が追加された。レポートを見ると69%が「反対(=いいえ)」と答えていて、回答者は非管理職が多いことがわかった
入湯税の議題も、温泉旅館のオーナーや、法律家の方が参加したらどうなるんだろうと思いました。
台湾のUberの事例では、既存のタクシー運転手やUberのドライバーなど、多様なステークホルダーに参加してもらったそうです。
そのあとで、学者・公務員・Uber・既存タクシーと、Polisで活動的だった市民参加者を招待して、公開討論会が行われました。
この討論会のアジェンダ整理にもPolisの結果が有用だったようです。
Polisは「これを使えば簡単に結論が出せますよ!」という都合のいいツールではないんです。
よい合意点を見つけるためには、事前に多様な属性の回答者を集めたり、可視化された意見を使ってさらに深掘りを進めたりすることも大切です。
Polisはあくまで意見を可視化するためのツールで、意思決定を行うには、議論の全体設計が大事なんですね。
「アジェンダの設定権限を民衆に解き放つ」
シードコメントも、専門家に作ってもらう方がいいんでしょうか? 正直、僕は正しい質問を作れているか不安だったので。
専門家がきっちり質問項目を作ると、いわゆるアンケートに近づいていくわけですが、それでいいのか? は考えどころです。
『PLURALITY』の著者の一人であるオードリー・タン氏は「アジェンダ設定権限を民衆に解き放つ」と表現しています。少数の人が「何について賛成反対の投票をするか」を決めてしまうのはよくないという考え方です。
Polisは誰でも自由に質問を追加できるのがおもしろいところだと思います。シードコメントを専門家がきっちり作ったとしても、回答者に質問の追加を許すなら、質問のクオリティ維持は難しいですよね。
最終的な意思決定を行うまでには専門家のレビューが必要かもしれませんが、 多様な人の考えが可視化されて、新たな気づきの機会が得られるなら、質問項目の質は完璧でなくてもいいんじゃないかと思います。
会社や組織の意思決定の助けに
入湯税の議論は、僕にとっては自分ごと化しにくくて、深掘りしづらかったんですよね。
リモートワークは自分も当事者なので、分析しがいがあるし、その後の展開も考えたくなりました。
自分が興味あるテーマ、知りたいテーマで議題を立てる方が、活用しやすそうだなと思います。
そういう意味では、社内の議論で使うのもよさそうですね。議題がたくさんありそう。
会社でも使えると思います。ゆるコンピュータ科学ラジオで「議論に勝つために正直なことが言えない」という話があり、これはなるほど盲点だったな、と思いました。
サイボウズは社内のkintone上でさまざまな議論が行われていますが、名前を出して議論する場では「素直な意見」が出にくくなってしまっているかもしれない。
Polisのような匿名のシステムでみんなが素直に本当の気持ちを出せるようになったら、「みんな実はこう思ってたんだね」と知るきっかけになるのかもな、と思いました。
「相手に負けたくない」という心理が働いて、本質的な議論ができていないこともありそうですよね。
漠然とした思いはあっても、うまく文章にできない場合もあります。
Polisは賛成と反対をポチポチするだけでなので、まだ言語化されていない気持ちを汲み取りやすくなると思います。
去年、リモートワークと出社の議論がXで起こったとき、わたしはほかの人の意見を読むだけで発信はできなかったのですが、Polisだと簡単に意見を出すことができました。
忙しくて文章で意見をまとめる時間が取れなかったりして、発信されることなく消えてしまっていた意見も、このシステムなら拾えるようになるかもしれませんね。
社内で使うなら、どんなテーマを話し合うのがいいんでしょうか?
僕は経営者の方に使ってほしいですね。
「我が社の出社方針どうする?」など、全社的な判断をするときに広く意見を募ることで、従業員の納得感を高められそう。
すでに議論していることがあればそれでもいいですし、例えばまず「次の1週間でわたしたちのチームが議論するのに適したテーマは?」をテーマにするのもいいと思います。
外部のサービスに社内情報を入れることが不安な場合は、社内のサーバーでPolisが使えるように構築することもできます。これなら社外に情報が流れません。
オープンソースだから、自社用のPolisを開発することも自由にできるんですね。
サイボウズも社員数が増えるにつれて、全員の意見を直接聞くことが難しくなっているので、Polisのようなツールをうまく使えたらよさそうです。
西尾さん、やりましょう。システム作ってください!
実はすでに似たようなシステムの開発を進めています。ぜひ一緒にやりましょう!
今回実際に使ってみることで、Polisの理解が深まりました。
議題に回答してくださったみなさま、ありがとうございました!
企画・執筆:山本悠子(サイボウズ) 編集:高橋団(サイボウズ)
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