「地方の人口が減少し、地域企業が頭を悩ませている中で、地方銀行にできることはなんだろう?」
そんな危機感を持って動き出し、ITの「街の相談役」として地域企業を支援しているのが、七十七銀行と福井銀行です。
宮城県仙台市に拠点を置く東北地方最大の地方銀行・七十七銀行のグループ会社である七十七デジタルソリューションズの取締役社長を務める加藤雅英さん。
北陸エリアをカバーする福井銀行のDX担当として、ITコンサルティング部門の立ち上げを担った森下智彬さん。
両行の取り組みについて、サイボウズで地域の金融機関と協働し、地域DXを伴走支援している渡邉 光が、地域金融機関が次に進むための「非金融の力」とは何か、2人に問いかけました。
地域に根ざしているからこそできる、「全体を見回した支援」
今日は東北と北陸、それぞれの地域企業を支えるお二方に、地方銀行が直面する課題と未来の可能性について伺えたらと思います。
お二方が銀行員として地域企業のITコンサルティング業務を始めるようになったきっかけは何だったのでしょう?
わたしは前職がITベンチャーでしたから、福井銀行に入った当初はまったく楽しくなかったんですよ。ベンチャーに比べると、縛りも承認フローも多くて。
でも、2018年に「チャネル戦略チーム」に異動してからは、地域の企業とITでつながることで、自分の判断でできることが少しずつ増えていったんですね。
森下 智彬(もりした・ともあき)。福井銀行営業支援チーム 兼 地域創生チームサステナビリティ支援室推進役。東京のITベンチャー勤務を経て子育てのため地元福井にUターン。北陸3県の法人顧客を対象としたIT活用、コンサルティング業務を担当
DXという言葉も当時はまだなくて、フィンテック(※)という言葉が流行り始めていたころでしたね。
※フィンテック:金融の分野にITを融合させて生まれるサービスや事業のこと。Finance(金融)とTechnology(技術)を組み合わせた造語
そうです。「フィンテックが流行っているらしいから、テクノロジー業界にいたお前がコミュニケーションしてこい」という感じでした。
最初は福井銀行のITコンサルティング部門として、地道に地域企業のIT化・DXを進める相談やフォローを続け、それがようやく形になってきたのが2020年頃ですね。
本格的なサービス開始は2020年からだそうですが、その前は無償で相談に乗っていたんですか?
最初は無償での相談対応でしたが、ある企業から「お金を払うので伴走してほしい」とオファーがあり、それが本格的な支援のきっかけとなりました。
5年目の現在でもお付き合いは継続中です。
最初はただのDXの相談だったんですよ。勤怠管理のICT化程度から始まって、それをほかのシステムにも連携させ、範囲が広がっていきました。いまはその会社のコアな基幹システムを全部入れ替えるところまで進んでいます。
幅広くサポートされているんですね。本格支援に携わることになったきっかけはなんだったんでしょう?
その企業があるIT企業にシステムの総入れ替えを相談したところ、「数億円かかる」と言われ、「であれば、ゼロベースで業務を見直そう」という意識になったことでした。
その件で当行に相談が来たので、その企業が現在行っているさまざまな生産業務をお聞きし、可視化しました。また、業務の共通化の議論を通じて、複数のシステム構築会社に提案依頼を行ったところ、システム構築費用が数千万円まで下げられることがわかったんですね。
全体を見渡してDXを進めれば、1億単位の予算を削減できる、と。
わたしにとって地方銀行の強さが実感できた一件でしたね。地元だからこそすぐ駆けつけられるし、日々の積み重ねがあるから親身になって話が聞ける。そして、時間をかけて、お客様の本当に実現したいことを具体化できることを実感しました。
強力なネットワークもあるので、「こんなIT企業知らない?」と本部の別部門に聞けば、誰かが「アポ取るよ」とつなげてくれますから。
お客様との信頼関係と強力なネットワーク。それこそがまさに地方銀行の強みですね。
地域のIT企業は、思いのほか首都圏などの大手の仕事を請け負っているところが多いです。そのため、地元企業への支援体制は十分ではありませんし、それでは社内のスキルやノウハウも構築できません。
ですから、地域のIT企業は、地域のネットワークを活かして地元企業の支援にもっと力を注いでいくことが、地域経済全体としては一番いいですよね。
われわれも地域に根を張っている地域金融機関グループですから、地域企業へのデジタル領域での支援には大きな使命感を抱いていますし、地元のIT企業との協業にも力を入れています。
加藤 雅英(かとう・まさひで)。七十七デジタルソリューションズ 取締役社長。1989年、七十七銀行に入行。システム部門等を経て、2019年にデジタル戦略部の初代部長に就任。23年より現職。地域企業等へのDX支援に伴走する
地銀だからできる地産地消DX
サイボウズが「地域のDX支援を地銀といっしょにやっていけたら」と考え始めたのも同じような背景からです。地域の中でお金が循環する福井銀行の取り組みは、まさに「地産地消のDX」ですよね。
渡邉 光(わたなべ・ひかる)サイボウズ株式会社 パートナー第1営業部 部長。金融機関を「協業パートナー」と位置づけ、さまざまな地域の金融機関とともに、デジタル化やDXの伴走を行っている
では、加藤さんが七十七銀行の行員から、七十七デジタルソリューションズの代表になるまでの経緯についても聞かせてください。
僕は1989年、いわゆるバブル入行組ですが、30数年のキャリアでは、事務部門、システム部門、DX部門などを長く経験してきました。
2012年にシステムの共同化プロジェクトが立ち上がるということで、支店から本社に呼び戻されてPMに。システム部長を経て、2019年に新設のデジタル戦略部の部長になりました。
最初に取り組んだのが、銀行内でDXを進めるためのロードマップ作成です。ロードマップに沿って行内のDXを進めていたところ、「この経験は、お客様にも活かせるのではないか?」と、ITサポートデスクを部内に新設しました。その結果、徐々にお客様からのご相談が寄せられるようになったんですね。
お客様からのニーズによって業務が広がっていく。福井銀行と似たプロセスですね。
そのようなご相談が積み重なる中で、「これは顧客支援の重要なひとつとして、事業化してきちんとやろう」ということになり、設立されたのが七十七デジタルソリューションズです。
課題のヒアリングから対応策の提案、そして、ベストマッチなソリューションの導入支援をやらせていただく。このような形の支援スタイルで非金融関連事業としてスタートして現在3年目です。
情シスでなく「街の相談役」として
地域企業とのお付き合いが深いお二方だからこそ、人材不足やDXの遅れなど地方が抱えるさまざまな課題も熟知されているはずです。どのような点に危機感を抱いていますか。
東北はやはり人口減少や人手不足に危機感を抱いている企業が多いです。また、全国の中でも倒産発生率が高く、東北6県中、5県が全国ワースト10入りしているという調査結果も出ていました。経営者のみなさんも厳しい現実を当然認識されています。
とはいえ、いまはまだ何とか事業が回っているという中小企業も多いので、DXはおろか、情シス部門もない企業が圧倒的に多く、デジタルによる生産性向上への取組みは進んでいない状況です。人手不足だから、誰もが兼務で手一杯なんです。
リソースが限られる地域企業に情シスを置く余裕はなかなかないですよね。
だからこそ、わたしたちとしては「外部のリソースを上手に使って少しずつ取り組みを進めて行きませんか」というご提案を進めています。
地域企業の社長と信頼関係をつくり、情報を共有し、悩みを受けて壁打ち相手になることが、わたしたちの役割ですから。
金融機関グループのITコンサル企業として、お客様の事業概要、課題やビジョンを共有いただきながら、継続性のある支援をできるところが、われわれの強みだと思っています。
一方で、中長期的な関係性を築くということは、良くも悪くも地域から逃れられないということでは?
おっしゃるとおりです。我々は地域金融機関ですので、そもそも運命共同体です。地元経済が衰退すれば、われわれも当然同様の影響を受けることになります。
地域の企業が元気でなければ、地域の銀行も生き残れない。その危機感があるからこそ、非金融の支援は単なるサイドビジネスではなく、地域の未来を支える本業の一部だと思っています。
そう考えると、お二方がしていることは「地域の情シス」というよりは、「街の相談役」に近い気がしますね。デジタル化だけではなく、お金も人も循環していく営みがそこにはある。
わたしも以前はIT企業の立場から製品を提案してきましたが、いまは「相談役」として、お客様が本当に必要なものをいっしょに考える立場に変わってきたと感じています。
銀行という立ち位置だからこそ、中立的に多様な選択肢を示せるし、対話からニーズを引き出し、導入のタイミングを見極める伴走もできるのだと思います。
デジタルがすべての入口になる時代
ちなみに、七十七銀行はその役割をグループ会社として切り分け、福井銀行は行内の一部門として維持しています。それぞれのメリットやデメリットはどのように感じていますか。
おそらく七十七デジタルソリューションズさんのようにグループ会社となったほうが、承認フローのスピードは速い気がします。
ただ、わたしたちのように銀行の一部門であれば事業承継などにまつわる他部門連携がすぐにできるというよさがあるかもしれません。
七十七デジタルソリューションズは、母体行の一部門からスピンオフして、地域へ機動的に価値を提供し続けていく体制をつくるために立ち上げました。一つの会社となることで、地域のみなさんにも本気度を感じてもらえますから。
ただ、当然ですが、経営の責任を負うプレッシャーはありますし、事業を継続していく上で収益性も求めていく必要があります。
銀行がITコンサルのような非金融の取り組みをすると、「それで利益出るの?」と言われがちですよね。でも、実はその部分での本業へのシナジー効果も大きいと僕は思っています。
企業の体質がよくなれば、自然と融資の話にもなるし、M&A、事業承継と、いろんなところで本業へのフィードバックが生まれていきますよね。
企業の成長を支援していくことにより、銀行のビジネスにもプラスで跳ね返ってきます。当社でも銀行へのトスアップ、トスバックなどの連携が増えました。デジタル支援はすでにいまの時代のマストですから。
わたしは最近、デジタルがすべての相談の入口になっていると感じています。IT導入の相談をきっかけに制度設計の話になり、最終的には大きな仕組みの話に発展することも多々あります。
デジタル支援を入口として、本業への橋渡しができる。その確かな手応えがありますね。
地域の銀行は、もう「お金の相談相手」だけではいられない。人材、制度、デジタルと、すべてがつながっている銀行だからこそ、アピールできる価値があるのではないでしょうか。
企業が存続する限りDXに終わりなし
わたしの現在の目標は、いまの部門が担っている「DX支援」を、「デジタル人材育成業」へと進化させていくことです。
単なるツール導入支援ではなく、それを自社で使いこなせる人材を育てる方向にもっとシフトしていきたいですね。
そうです。DX支援そのものは、ある程度まで進めばいずれ終わりが来るでしょう。でも人材育成は、人が生きている限りずっと続きますから。
そのためにkintoneなどを活用して、デジタル人材育成プログラムを開発できないかと模索している最中です。
当社はまだ3期目ですから、会社としての事業基盤を確立することがいまの目標です。その上で、将来的には事業領域をさらに広げ、お客様への支援の幅も広げていきたいですね。
いまは「上流のコンサルティング」を事業の柱にしていますが、ゆくゆくは開発にも手を広げ、自社でソリューションを持ってお客様に提供できるような展開も視野に入れています。それによって、いま以上により深く関われる関係性を地域企業とつくっていけたら。
わたしとしては、このDXコンサルティングを、もっと多くの金融機関に定着させていきたいと思っています。その先に描いているのは中小企業のDX推進、すなわち「地産地消のDX」です。
わたしも地方出身者ですから、それによって地域全体が豊かになっていく未来を描きたい。人口減少は止められなくても、いまできることをやるしかないと思っています。
10年後、20年後に「うちの地元には楽しく働ける会社がある」と思える人が増える。そんな未来が実現できるように、今後もサイボウズでこの活動を続けていくつもりです。
若年層の首都圏への流出超過が東北では続いています。18歳人口は大学進学で仙台に集まるのですが、22歳になると選択肢の多い首都圏へと出ていってしまうため、若い働き手が地元に残らない傾向にあります。
ですから、地域に魅力的な選択肢が増えれば、若い人たちが地元で経済を担う未来もつくれるはずです。それが本当の意味での地域活性化につながっていくはずですよね。
国内企業の99%は中小企業であり、その多くが地方にあります。つまり、地方の中小企業が元気にならないと日本経済もシュリンクしてしまう。
その意味でわれわれが中小企業の成長をしっかりサポートしていくことが、総和として日本経済を支えることになるのだと思っています。
同感です。わたしも北陸3県の地域企業と接していると「実はこの会社が世界シェアを占めている」「某有名メーカーの製品は、この会社の部品なしに製造できない」といった話をたくさん聞きますから。
そんな素晴らしい会社が、人材不足のせいで事業がまわらないなんて悲しいことになってはいけない。世界を支える中小企業を、わたしたち地方銀行が支えていく。それが結果的に日本経済への貢献にもなると信じています。
企画:竹内義晴(サイボウズ) 執筆:阿部花恵 撮影:栃久保誠 編集:モリヤワオン(ノオト)